【参拝旅行記】冬の愛媛奥地を訪ねる【後編】

前回記事では西条から松山、久万高原を通り宇和島へ至った。引き続き愛媛の神社旅をレポートする。

前回記事

【参拝旅行記】冬の愛媛奥地を訪ねる【前編】
2024年の年の瀬に愛媛県は松山から宇和島にかけての山間部の神社を目当てに計画を立てた。なんとなく四国・愛媛は温暖な気候というイメージを持っていたが所々で「思い知らされる」旅となった。初日:陸路で西条・松山へ兵庫から愛媛入り母とおばを引き連...

3日目:北上し今治へ

まず宇和島城へ。現存十二天守の一つ。

降りて和霊神社へ向かう。

和霊神社・多賀神社

おそらく宇和島で最も大きな神社である和霊神社

祭神は山家清兵衛公頼公、伊達政宗公の長子秀宗が宇和島藩の藩主となった折に家老として補佐した方である。租税の軽減や産業の奨励など善政を行い藩を安定させたのだが、妬む者から恨みを買い凶刃に倒れることとなる。民から厚く敬われていた清兵衛公はその後御霊を祀られ和霊神社となった。

続いてすぐ近くに鎮座する多賀神社

境内にはご立派なモノがそこかしこに

併設されている博物館は性文化財凸凹神堂といい、数万点の世界各国の秘宝を展示している。拝観料は800円。とても見たかったのだが時間の都合で今回は断念。毎回いつか行こうという場所が増えるのである。

弓削神社・烏帽子杜三島神社

宇和島市を出てまずは弓削神社へ。

1396年の創建と伝えられ、境内には椎の巨木がたつ。

なんといっても見所は境内へつながる屋根付きの橋。神社前の由緒書によれば境内の神社を城に見立て、池を造り堀とし、中央に橋を架け神を祀ったという。

一番の驚きは併設されたトイレがシャワートイレ付きで清潔感マシマシだったこと。

続いては烏帽子杜三島神社

田んぼを挟んだ対岸に一段高く鎮座する神社。由緒などは火災のため焼失して不明だという(愛媛県神社庁より)。

社殿左手に立つ御神木の大杉が立派。水田の張った季節にまたぜひ訪れたい。

見事な三本杉・新宮神社

松山市の新宮神社、位置的には松山と今治の間あたりである。

集落から石段を登ったところにある。

雰囲気抜群の入口

社殿に向かい、お参りののちただならぬ気配を感じ振り返ると…

超巨大な三本杉!うち二本は融合して一株扱いになっているので二本杉ということになるのだが、とにかく迫力がすごい。

近付けるので、より巨大さを感じることができる。

参拝を忘れないように。御祭神は大山積命で、愛媛県に多い大山祇神社や三島神社と同じである。愛媛県神社庁によれば熊野の神を勧請し新宮神社と称したとあるがそうなるとイザナギ・イザナミではないのか?と少々不思議に。

いつまでもみていたい名木。

今治からしまなみ海道へ

今治へ飛んで一泊。大晦日前日なのであいてる店もほぼなく、あっても満席ということで部屋のみ。

翌朝今治城と吹揚神社に訪れる

残念ながら城には入れなかった 前回来た時も休館日だったのでどうも縁がない…?

しまなみ海道に乗り今治を出る。

よそ見したくなるほど絶景。前も訪れたが本当に他人の運転で通りたい道。

大山祇神社から生樹の御門

最後は伊予国一宮である大山祇神社。

全国至るところにある大山祇神社の総本宮。

乎知命(おちのみこと)御手植の楠が参道のど真ん中に堂々と鎮座する。

しかし真の目的は神社裏手から徒歩10分弱、生樹の御門と呼ばれる巨樹。

県指定の天然記念物である楠で、大山祇神社奥の院参拝の折に空洞になっているところをくぐり抜けていくことからこの名がついたという。

奥の院は改築工事中。

この後母とおばを福山駅で見送り、ひとまず愛媛旅は終了した。上では書かなかったがスタックしかけるというゾッとポイントもあったりしたものの何事もなく本州へ戻ってくることができた。

おまけ:夜景の聖地から初日の出

夕方まで広島県に用事があり、そこから日本三大夜景に数えられる兵庫県神戸市の摩耶山掬星台を目指した。事前の下調べで日の出2時間前程度では駐車場に入れないという情報を得、日付の変わる頃には駐車場に入った。

展望ポイント掬星台には日の出約2時間前に向かう。死ぬほど寒い。

さすがは日本三大夜景。安定の美しさだが、明け方は街の方向が日の昇る向きになるのでよりフォトジェニックに。展望エリアに次々にやってくる若者たちが皆揃えたかのように「えっぐ!えっぐ!」と叫んでいた。それぐらいのインパクト。

無事大阪湾越しに初日の出を望むことができた。読んでくださった皆さまも良い一年になりますよう。

参考・出典

・各神社由緒書

・愛媛県神社庁HP

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