存在感を残す枯巨木

終わりのない命はない…というのは自然の摂理である。

それは御神木と呼ばれるような巨樹も当然例外ではない。既に寿命を迎えたもの、あるいは火災や雷など災害に見舞われ切られざるを得なかったものなど事情は様々である。しかし、長年にわたって地域の風景の一部となり市民に親しまれてきた木には、「残していきたい」という願いに支えられかつての姿が失われた後もなお残り続けるものがある。

巨木たちの面影を訪ねる

かつての姿を感じられる巨木の中から印象的なものを、有する神社とともに紹介していきたい。

臼井総鎮守八幡社の御神木

千葉県佐倉市の京成臼井駅北西部、八幡台という町の高台に鎮座する神社。

臼井城の中興の祖・千葉興胤(おきたね)公が足利尊氏に従って九州・筑前多々良浜に出陣した際に宇佐八幡宮に戦勝祈願、無事勝利し凱旋、その功績を記念して、歴応元年(1338年)8月15日に領内の総鎮守として、この地に八幡社を建てたと伝えられている。

そんな臼井総鎮守八幡社の社殿の横にひっそりとたつのがこの御神木

千葉興胤が創建の際、自ら宇佐八幡宮から持ち帰った楠の小枝を地に刺したところやがて根付き、巨大な楠に成長したと伝えられている。

枯損したのが文久元年(1861年)ということなので、この姿になって既に160年以上経過している。

枯れてなお凄まじい存在感。地域の人々に大切に保存されてきたことが伝わる。

丹内山神社の御神木爺杉

岩手県花巻市に鎮座する神社。祀られている多邇知比古神たにちひこのかみはこの地を開拓した神である。承和年間(834~847年)に空海の弟子である日弘が不動明王を安置したことが始まりといわれる。

本殿裏のアラハバキ大神を祀るという巨石・胎内石が有名。この巨石を御神体とする丹内山神社は坂上田村麻呂藤原清衡などから厚い崇敬を受けたという。

そんな神社の入口に…

どっしり鎮座するのが御神木爺杉である。樹齢2000年と伝えられ、大正2年(1913)延焼により焼失したものの市の指定文化財として根株が保存されている。

横から見るとその規格外の大きさがよくわかる。事故で失われたということが本当に悔やまれるが、現在でも根株が残されていることでかつての姿を想像することができる。

賀蘇山神社の神代杉切株

栃木県鹿沼市にあり、古くより尾盤山 (おざくさん)と呼び親しまれてきた神社。

尾盤山は石裂山とも書き、鹿沼市の都市部から20km程度西の山間にそびえる山である。尾盤山を挟んで北東部の麓に加蘇山神社、南西部の麓にこの賀蘇山神社が鎮座する。県道246号沿いに入り口がある。

尾盤山は大人でも登拝に90分程度を要し、かつては女性が入山禁止の時代もあったという。最初の画像の石段を登ったところの右手に鳥居があり、進んでいくと現れるこの建物が遥拝殿であり、山奥深くの御本社を拝むためのものである。

県道に戻り、最初の入口からさらに西へ少し進んだところに鳥居が立つ。

賀蘇山神社拝殿。

その左脇に大杉の切り株が鎮座する。かつて目通り15m弱、樹齢は1800年と推定された巨樹である。

しかしながら明治44年7月20日に落雷を受け火災、古木ゆえに内部は空洞になっており幹が大煙突のようになり、すさまじい猛火となる。 また大正6年2月には再び火災、人家への類焼を受け日本一を誇った大杉も同年9月、地上2.5mを残し伐採されることとなった。

巨樹の歴史から見ればほんのついこの間ともいえる百数十年前に生きていれば、その姿を拝むことができたのにと、想いをはせずにはいられない。

参考・出典

・「臼井総鎮守八幡社」「丹内山神社」「賀蘇山神社」境内由緒書

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