【参拝旅行記】冬の木曽縦断旅

2026年も気づけばまもなく夏本番へと向かう時期になってきた。暑さが本格化する前に、ぜひともひんやりとした空気や雪景色を思い出してもらうべく、涼を取れる冬の旅の記事をまとめることにした。

2025年の年の瀬もせまったある日、雪降る奈良井宿の写真に魅せられ年末の旅先を長野県の木曽に決めた。実際に訪れたところ結果的に雪降るどころか残雪すら見当たらないただの涼しい旅行となったわけだが、名店、名神社、名巨木に出会える良い旅となった。

初日:安全祈願からの木曽入り

諏訪から出発ー洩矢神社ー

山梨から長野県に入り諏訪の手前、茅野駅でヤリスHVをレンタルし出発。

まず事故等ないよう旅の安全を祈りに岡谷市の洩矢神社へ。

諏訪神 (建御名方神) が諏訪に入ってきた時に迎えうった土着神である洩矢神を祀る。洩矢とは元々この地を納めていた一族だという。

ゲーム東方projectの聖地でもあるらしく、社殿横にはキャラクターの絵が描かれた絵馬がたくさん掛けられている。

奈良井宿ー鎮神社ー

1時間半程度走りさっそく目的地の一つ「奈良井宿」へ。

ガイドブックなどでみてきた風景が眼前に広がる。冬で茶色くなった山々が風情を足している。雪の気配は1%くらい。人の少ない瞬間を狙っているこれらの写真よりは観光客が多かったものの、道が人で埋まると言うほどではなく程よく観光しやすかった。

奈良井宿は中山道の難所といわれる鳥居峠をひかえ、峠越えを目指す多くの旅人が宿をとるため発展し「奈良井千軒」と呼ばれるほど賑わったという。

そんな奈良井宿のほぼ端っこに鎮座するのがこの鎮(しずめ)神社

マップで確認していた印象以上に大きく、風格のある神社。

元和4年 (1618年) 「すくみ」という疫病が流行った際に千葉県香取神宮より経津主神(ふつぬしのかみ)を勧請し、6月に遷宮祭をおこなったところたちまち難病が鎮まり、「鎮大明神」と呼ばれるようになり社名も「鎮神社」となったという歴史がある。

木祖村ー藪原神社・味噌川ダムー

続いて向かうは奈良井宿からすぐ隣の木祖村の藪原。中山道宿場町のひとつである。

そば処おぎのやさんへ。狙うは郷土料理でもあるすんきそば。すんきとは木曽のカブ菜を乳酸菌発酵させたお漬物で、かけそばにこれを乗せた木曽の冬限定の郷土料理である。しかし残念ながら今季はメニューにないという。。ということで今回は鴨そばをチョイス。

完飲余裕。間違いなく体にいい。友人のせいろも一口頂いたが絶品だった。そばのつけつゆをおかわりした友人は一杯目を直飲みしていた。心配だ。

この後目的地のひとつ、木祖村で名酒を作る湯川酒造さんを訪ねるも年末休み

続いて藪原神社へ。

天武帝9年 (680年) 熊野の神々を勧請したのが始まりとされ、長らく熊野社と称してきたという。藪原神社と改称されたのは明治4年 (1871年) のことである。

ずっと誰もいないと思って奥のほうに進むと外国の方3人が音もなく石段に座っててビビった。

参拝後は北西部の味噌川ダムへ。

季節と時間帯のせいで本当に色が味噌っぽい。木曽川の上流を流れるこの「味噌川」は、かつて木曽川を「曽川」と呼んでいた時代に、まだ曽川になる前の川として「未曽川(みそがわ)」と呼ばれたことに由来すると伝えられている。

景色がいいという奥木曽大橋は残念ながら行けなかった。

帰りがけローカルスーパーである「まると」に立ち寄る。旅先のスーパーは入らずにはいられない魅力がある。

酒類が多いのも魅力。

奈良井宿 (夜)

夜の様子を見に再び奈良井宿へ。

まさに江戸の世界といえるだろうか。現代踏切とのコラボレーションも乙である。

雪があればより幻想的になっただろうなと心残りもありつつ後にする。

宿泊地は木曽福島

木曽は酒どころでもあり、藪原・木曽福島でも複数の有名な酒造がある。そんな現地の地酒を求めて居酒屋へ入る。

…がどうも様子がおかしい。

赤く縁取られた紙には見慣れないメニューが並んでいる。

ここは居酒屋の顔をしたフィリピン料理屋だった。どう考えてもこれはビール一択である。しかし気が付いたのが既に3,4品頼んだ後、比料理は2品しか頼めなかった。心残りだが絶品。

右端の二つが比料理で、左からフィリピン風ポークバーベキュー、ルンピアシャンハイ(春巻き)。

二日目:木曽から南木曽へ

朝を迎え、まずは一度訪れたことのある水無神社へ。

水無神社
〒397-0001 長野県木曽郡木曽町福島伊谷1078概要水無(すいむ)神社は長野県木曽町の神社。この地域では御嶽神社とともに深い信仰を集めた神社である。例大祭の「みこしまくり」は神輿を落とし、転がし最後は破壊するという荒々しいお祭りで「天...

木曽の巨木を訪ねる

木曽福島を出て南下し、まず向かうは木曽を代表する観光地「寝覚の床

真ん中右手の岩の上に立っている人が見えるだろうか、それでスケール感が伝わるかと思う。

巨大な岩場を進んだ先にあるのは浦島堂。かつて浦島太郎が龍宮から帰ってきたあと旅に出て、この木曽路の風景を気に入り暮らしていたところ、玉手箱を土産にもらっていたことを思い出し開けてみたところ煙が出て300歳のおじいさんになってしまい、びっくりして目が覚めた、「寝覚の床」の名の由来となったという伝説が残る。本当?

岩場を戻り、続いては「神明神社の大杉」。大桑村の須原駅の近くに鎮座する神明神社の境内に巨大な杉の木があるという。

実際にいってみると…

なんじゃこりゃーである。デカすぎ。

合体したのか、斜めに伸びているのが巨大な枝なのかわからないが桁外れに太い。

しかし横からみると薄く、特殊な成長の仕方をしているようだ。

神社に関しては特に由緒書もなく調べても資料が見当たらなかった。

続いて八劒神社の大杉へ。

南木曽町の十二兼駅、木曽川にかかる柿其橋を渡ったところに神社が鎮座する。

鳥居を潜ってすぐに拝殿。拝殿ぽくはないが裏に本殿が続く

その本殿の裏に巨木がそびえ立つ。実は1本の巨杉ではなく4本が合体したもの。「よすぎ」と呼ばれていたという。裏に回ればわかりやすい。

昭和32年に1本が枯れ、昭和36年にもう1本が台風で折れる。現在は2本が残った状態。せめて2本だけでもこのまま生き続けてもらいたい。

神社前には罠が設置されている

エピローグ

その後はさらに南下、南木曽町の桃介橋を渡ってみたり

岐阜県に入り、

中津川にて名古屋の裏名物であるという皿台湾と岐阜名物けいちゃんという絶品コンビを食したり、

石垣が特徴的な苗木城を散策し

雪被る信州の山々を横目に松本へ向かい、

キャンプ場でもある芥子坊主農村公園から長野県第2の都市松本市の夜景を拝み車を返却、旅が終了した。

一、二度の旅で回りきれるようなものではないほどとても奥深い魅力を持つ木曽を訪れてみてはいかがだろうか。

御朱印

鎮神社
〒399-6303 長野県塩尻市奈良井68
藪原神社
〒399-6201 長野県木曽郡木祖村薮原504−1
水無神社
〒397-0001 長野県木曽郡木曽町福島伊谷1078

参考・出典

・「洩矢神社」「鎮神社」「藪原神社」「八劒神社の大杉」境内由緒書

・「奈良井宿」由緒書

・『歴史の道調査報告書 33 (木曽川)』長野県教育委員会 調査編集 長野県文化財保護協会 出版 1992年

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